六、宝玉のゆくえ
古の伝説は語る。
偉大なる王の証として、昔は十九個の不思議な石があった。
これを総て手中に治めた者は、この世のありとあらゆることを知り、ありとあらゆるものを支配できたという。これら十九個の宝玉には、それぞれ名前がつけられており、その名の示す妖しい力が込められていた。
最初の石は『始弦石』すべての光を吸い込むような漆黒の石。
その滑らかなな表面は目を凝らしても何も見出すことの叶わぬ石。
二つめは 『晴空石』天空の遥かな高みに似た青い輝きを持つ石。
これを所持するものは不意の嵐に泣くこともない。
三つめは『慈涙石』穢れ無き滴のような純白の石。このあるところ、決して日照りに悩まされることなく
望むままに雨の恵みを受けることができたという。
四つめは『月映石』満ちる月のごとく暖かな光を放ち、これを所持するもの暗闇の恐怖を知らぬという。
五つめは『光芒石』重く憂うつな病も気が塞ぐ病もたちどころに癒え、その持ち主の身を健やかに保つ。
六つには『蛍羅石』合い争う者から、憎む心を押し流し、慈愛の心を呼び覚ます。
その石のあるところ平和の歌が絶えることがない という。
七つには『薫霧石』石に強く望めば、その石は瞬時に霧となり、所有者の身を隠す。
八つには『樹晏石』灼熱の荒野を歩む時。木陰に憩えるがごとき風が吹く。これらはみなこの石のおかげ。
九つには『炎苑石』最も力強き石。
十には 『音雅石』手にとれば虹の煌めきに似た音曲がどこからか聞こえてくる。
十一は 『夜溺石』夢見ることのなき眠り。
十二は 『銀虹石』この世における害をなす獸。虫。鳥。人。これを恐れて逃げ惑う。
十三は 『遠透石』この石を透かして遠く離れた土地を見れば、手に届くが如き近くに見える。
十四は 『凍芽石』大河に投げ入れれば瞬時に流れは凍りつき、それに触れるものすら氷柱となる。
それほど冷たき石
十五には『魅鏡石』鏡のごとしその表面に写すは、
十六には『時紗石』想いのままに過去と未来を見ることが出来る。
十七には『柔陰石』他者の心を思うがままに操ることの出来る石。
十八には『変珂石』望むものに己の身を変える。
十九には『無間石』これはいまだかつてその形を確かめたもの無きゆえ、謎に包まれた石。
古のころ。最初の<翔人>の王と、<夜見>の王、<人>の王は争いを好まず、無間石を除く十八個の石を公平に三等分し、それぞれ六つの宝玉を固く維持することにした。
時代は下り、もはや何代の王であるか、それを数えるのを止めたころ。十八個の宝玉は王達の手を離れ、行方しれずとなった。そしてもはや十九個目の『無間石』
を見出すこともない。
もし何者かが、それら十八の石をすべて探しだし、『無間石』 をも手にするものが在れば、その者はこの世界の支配者となるだろう。噂は噂を呼んだ。この世界の支配者たろうとした者は先を争い、世界の果てに、あるいは深い水底にそれらを探し求めたが、ただのひとつも見出されることはなかった。
また別の話では、十八個の宝玉はすべて<夢具の歌唄い>なるものが、歌の代価としていずこかへ持ち去ったと伝えられている。その宝玉は、歌唄いの力によって粉々に砕かれ、<影食い>が運び去ったとされている。捕えられ追放された歌唄い達は、この世とは別の世界を創造するのに、それら宝玉を使うのだという。
真実はわからない。やがて巡り来る終わりの日、この世界が暗闇に沈むその時まで、宝玉の行方は誰にも明かしえないのだ。
七、影食い
<夢具の歌唄い>がこの世界から姿を消してしまうと、<人>の王は今度は<影喰い>という虫を探しだして、一匹残らず殺すように命じた。王の従者も、兵達も、市民達も、老いたものも、若きものも、富めるものも、貧しきものも、すべての人が途方に暮れた。なぜなら、誰一人としてそのような虫を知らなかったのだった。
従者の一人は畏れながら、王に問うた。
「王よ。それはどのような虫なのでしょうか?」
王は物憂げに答えた。
「奴等は扇のような羽根をもっている」
「では、それは蝶なのですか?」
「さても蝶のように見えようとも蝶にはあらず。それは陽の光を好まず、花の蜜を食さない」
「それではまるで蛾のようなもの。暗闇に灯を点せば、いとも簡単にその姿を捉えられましょう」
「 奴等の食するものは、蜜にあらず、花にあらず、水にあらず。生き物の<影>そのものを好むのだ。
<夜見>の者ですら奴等を恐れる。奴等を捉えるには月も星もない、真の闇夜を選ばねばならぬ」
「さても賢明なるわれらが王よ。愚かな我らにお答えください。
そのような真の闇でいかにして、<影喰い>なる虫を捉えることが可能なのですか?
奴等をそれと見分ける方法を示したまえ!」
「 奴等の眼は双つの羽根にある。それは不気味で不吉な色に燃えているのだ。それを目指すがよい」
「では、奴等に影を喰われたものの行く末はいかがなりましょうか?」
「影を喰われたものは、生きながら死せるものの如く虚ろとなる。光の下に己が影を落すこともない。
時とともにその肉体は薄く透けてゆく。やがては跡形もなく消えうせるであろう」
従者は身震いしながらなおも重ねて王に問うた。
「影を喰われた者の魂はいかに?」
「冥府へ下ることかなわず、甦りも赦されず、ただこの世の果てにある眠りの園で、霧と赤い花を共に、永遠に眠り続ける」
その時、そこに居合わせた全員は、はじめて気づいたのだった。燭台に照らされて床にくっきりと映るはずの、逞しい王の影が、どこにも見あたらないという事実に。それぞれ自分の足下の影に見入ったきり、沈黙の支配する部屋の中で、王の姿は幽鬼のように冷たくかすんで見えたのだった。
八、樹老が祭の夜に語りしこと
その後、<ひと>の王は伝えられる通りの、影を喪った者の運命をたどった。
<ひと><夜見><翔人>の三人の王の試みはどれも成功しなかった。宝玉はついにどの王の手にも還ることなく現在に至っている。しかし、これらの事はすべて<夢具の歌唄い>による予言の成就した証だと言われている。
樹老は枝葉を揺らしながら、村人に説いた。
__今日の日は、また新しき年を祝う祭である。
そもそもの昔 、我らの住むこの世界はひとつの夢から始まった。ゆえに我らは、この始原の「夢」を祝う。
やがて来るべき日、その「夢」が破れ、我らみな終末を迎えようとも。
__この祭の間、我らは<夢具の歌唄い>を思い起こそう。
彼女達は伝説の彼方へ去った。今では、その歌を聴くものもいない。彼女らに代わって未来を告げるものもいない。様々なものどもが、あいもかわらず未来を知ろうと虚しい試みを続けるばかり。
__ゆえに、彼女らを思い起こすのは今日一日かぎり。明日からは忘れよ。
もともと彼女らは禁忌を犯したもの。この世界には最初から必要なきものであるのだから。
(END)