初出:沙園の会198x
2002.4月改訂


夢具の歌唄い〜1〜

この世界は水に閉ざされている。


一、古の記憶を持つ樹の翁、祭の日に語りしこと。

・・・ここで、もうひとつ、この世界で忘れてはならぬ禁忌について語ろう。
   それは“未来を知ること” であり、“未来を知ろうと試みること” である。
・・・ひとつめの禁忌は、この世界の外にある『海』について、真偽を問うことである。
・・・しかし未来を知ろうと試みることは、それよりも固く戒められた行為であり
   天を飛翔するもの、闇に巣くうもの、大地より生じたもの、水に棲むもの、それら生あるものすべて   に等しく課せられた掟である。
・・・心して聞け、村人よ。未来を知ろうと試みてはならぬ。
   なぜならば、水泡より生じたこの世界で、なお儚き定めの下にある我らが、明日の運命を
    知りえたところで、それは無意味というものであろうから。

二、夢具の唄歌い

その昔。
樹の翁の中で、最も大きく最も古き時代より存在していた樹の翁が、まだわずか一粒の種として
深き眠りに閉ざされていた頃の世界。

世界に最初に現れた<翔人>は天空を支配し、次に誕生した<人>は大地の表を領分とした。
暗闇と水辺には<夜見>どもが潜み、より深き闇と地中深くには<魔>の王国が築かれた。
彼らは互いの領域を侵すことなく、世界は平和と繁栄のうちに時が過ぎた。
大地の表のそこかしこには<人>の村ができ、町ができ、都が建てられた。
そしていつの頃からか、人々の集うところには、必ず<夢具の唄歌い>と呼ばれる
美しき姿が見られるようになった。
その姿は<人>の基準で言う美しい女に近く、<翔人>のような羽もなく、
<夜見>のような固い鱗ももっていない。この世界のどの生き物にも属さないように見えた。
通常彼女らは<夢具の唄歌い>または「美しき女預言者」と呼ばれていた。
「美しき女預言者」はそれぞれの都に館を持ち人々に予言を授けた。

彼女達はすべてが謎に包まれており、たとえば
歌うとき以外に口が利けないのはなぜか? ___予言はすべて歌の形で授けられた__とか
始めの<夢具の唄歌い>はどこからやってきたのか? とか
いつ、現れたのか?とか、疑問は多かったけれど、最も単純にして重大な疑問
そもそも、未来を知ることが禁忌とされるこの世界で、彼女らはいかなる経緯から
予言の才を得ることになったのか?などなど。
だが、それらに答えうる者は誰一人なく、それが解き明されることもなかったのだ。
彼女達はみな同じ声と同じ顔を持っていたので、本当のところ<夢具の唄歌い>が
何人いるのか本当のところはわからないままであった。

彼女達は一人にして全体、全体にして一人であったから、一つの館で聞いた予言は、別の場所で
別の唄歌いに聞い多としても答えは同じだという噂であった。
だがぞれでも、密かに夢具の歌唄いのもとを訪れるものは後を絶たなかったのである。

三、未来を試みるものたち

ある日。
天空を統べる<翔人>の王と、世界一の都を治める<人>の王と、暗闇を支配する<夜見>の王の
三人が等しく、歌唄いの館を訪れて言った。
「われらと、我等一族のために、未来を唄って欲しい。
我ら三人のうちで最も栄えある王となるのは誰だろうか?」
<翔人>の王は冬の空よりもなお青く冴え冴えと光るひとつの石を差し出した。
「これを代価としよう。晴空石という。これを取るがよい」

<夢具の歌唄い>は頷くと、黄金の竪琴を手にとった。
玄を調節する仕草を一通り繰り返してから唄いはじめた。
王達は顔を見合わせた。いかに目を凝らしても、彼らの目には
歌唄いの指先が触れているはずの玄が見えなかったのだ。
それにも関わらず彼女の指先からは妙なる旋律が流れてくる。
それは、耳にした者の意志を奪ってしまうかのごとき音色であった。
しかしそれにも増して美しいのは、<夢具の唄歌い>その人の歌声であった。
王の差し出した青い宝玉でさえ色褪せて見えるほどに。
歌は終わった。

「信じられぬ」
はじめに呟いたのは<翔人>の王であった。
「信じられぬ。もう一度、唄ってくれ」
歌唄いは首を振った。
「できぬというのか? では、どうしたらよいのだ?」
歌唄いは細い指先を外へ向けた。
「我らに出てゆけというのか?」
<人>の王が言った。
「何も<夢具の歌唄い>の館はここだけではないのだ。
別の館へ行ってみてはどうだろう?」
「それは良い。 他のところならばあるいはまた信じるに足る予言を聞くこともできよう」
「だが・・・その者は、ひとりにしてすべてであると聞くぞ。歌は同じかもしれぬ」
<翔人>の王は不安げに呟いた。

次の館では<夜見>の王が鈍く銀色に輝く石を差し出した。
「これは月映石と名付けられた我が国の宝だ。我らの一族は栄えるだろうか?」
<夢具の歌唄い>は王の求めに応じ、唄った。
唄い終わった時、三人の王の顔はいっそう青ざめて見えた。
「これで唄え!」
別の館では、一点の曇りも汚れもない純白の石が代価に充てられた。
この宝玉の持ち主は<人>の王だった。
「これは『慈涙石』という。もしこれを失えば、地の表に住まう人々を悩ませるもととなろう。
が、我はかまわぬ。これほどの代価を払うのだ。栄えある未来を唄え」
<夢具の歌唄い>は無表情で王の言葉に従い唄った。

三人の王は何度も館を巡っては歌を聴き続けた。
まるで熱病を患ったもののように憑かれた目をしながら 重い足取りで、館の入り口をくぐっては
震えながら未来を唄うことを命じた。
その度に三人の王は代わる代わる宝玉を与えた。
ついにその数が十八個になった時、三人の王のもとには代価として与えるべきものが、
もはや一個も残っていなかった。
ここにいたって、ついに王達は悟った。
噂通り<夢具の歌唄い>の予言を変えることなど不可能であることを。
三人の王は最後に差し出した宝玉を眺めていたが、押し黙ったまま館を出ていった。
彼らは再会を約束することなく、それぞれの領地へと戻っていったのだった


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